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名古屋高等裁判所 昭和26年(う)195号 判決

控訴人 被告人 岩本伝太郎

弁護人 近藤亮太 外二名

検査官 神野嘉直関与

主文

原判決を破棄する

被告人を懲役六月に処する

原審並に当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする

理由

被告人及弁護人近藤亮太内藤三郎水谷省三提出の各控訴の趣意は本件記録に編綴されてゐる被告人及同弁護人名義の控訴趣意書記載の通りであるから茲に之を引用する

当裁判所は右各控訴の趣意に付いて次の通り判断する

第一、弁護人近藤亮太の控訴趣意第一点及弁護人内藤三郎同水谷省三の控訴趣意第一点の(2) について琉球列島のロノ島及び中ノ島が海外なることは所論覚書に因て明定せられたことであつて今日に於ては既に公知の事実であるから必ずしも右覚書を判決に書く必要はない、右論旨は其理由がない

第二、弁護人近藤亮太の控訴趣意第二点について、本件の如く関税法違反の事件を訴追するに当つては所管税関長の告発を訴訟条件とすることは洵に所論の通りであるが右告発は事実上為されて居れば足るものであつて右告発の有無について争ひない場合に於ては必ずしも証拠として法廷に提出するの要はない、原審記録に右告発書の編綴されてないことは所論の通りであるが当審に於ては検事が右告発書の謄本を証拠として提出して居り公文書であるから反証のない限り真正なものと認むべく之によれば本件起訴に当つて名古屋税関長の告発があつたことは明であるから右論旨も理由がない

第三、弁護人近藤亮太の控訴趣意第二点の(ロ)及び内藤、水谷両弁護人の同第一点の(3) について原判決挙示の各証拠を些細に綜合すれば被告人は原判示の如く非鉄金属類の密輸入を企て判示(ニ)の日時に判示数量の銅屑及真鍮屑を判示長島港に陸揚して其関税を免れたことを認め得べく原判決は被告人の自白のみを事実認定の証拠としたものであるとの所論は当らないが原判決が関税逋脱の額を六百六十円に認定したのは関税法所定の税率に照らして誤算であると言ふの外はないので此点に於て原判決は判決に影響を及ぼす事実誤認があるものと言ふべく仍て爾余の論旨につき判断を省略し刑事訴訟法第三百八十条第三百八十二条第三百九十七条に則り原判決を破棄した上当裁判所は本件記録及原審で取調べた証拠により直に判決をすることができるものと認めるので同法第四百条但書に従ひ被告事件に付更に判決することとする

(事実)

被告人は外六名と琉球列島方面より関税を逋脱して非鉄金属類を密輸入しようと企て共謀して

(一)  昭和二十五年八月二十八日頃法定の海外旅行証明書の発行を受くることなく漁船第八太平丸に船長として乗り組み三重県南牟婁郡泊村古泊海岸より琉球列島の口ノ島及び中ノ島迄不法出国し

(二)  右口ノ島及び中ノ島に於て薬莢その他の真鍮屑二万三百三十一瓩銅屑三千六百九十八瓩を右太平丸に積み込みたる上帰港し同年九月二十七日頃同郡長島港に於て銅屑三千六百九十八瓩及び真鍮屑三百二十六瓩を陸揚げをして之に対する関税四百六十円の納付を免れて関税を逋脱し

たものである

(証拠)

判示事実は

一、原審第二回公判調書に於ける被告人の供述記載

一、被告人の海上保安士に対する第一、二回各供述調書に於ける供述記載

一、被告人の検察官に対する供述調書に於ける供述記載

一、差押目録(昭和二十五年十月十七日附)記載の各物件

一、保管請書(同日附)記載の各物件

一、犯則物件鑑定書(三通)に於ける記載

一、差押目録(十月二十八日附)三通記載の各物件

を綜合して之を認む

(適条)

(一)  の事実に付

昭和二十五年政令第三百二十五号附則第三項

昭和二十一年勅令第三百十一号第二条第四条第一項第三項罰金等臨時措置法第二条

千九百四十七年四月十四日附覚書千六百九号刑法第六十条

(二)  の事実に付

関税法第七十五条第一項罰金等臨時措置法第二条刑法第六十条

尚第(一)(二)の事実に付

刑法第四十五条前段第四十七条第十条

刑事訴訟法第百八十一条第一項

(裁判長判事 深井正男 判事 荻本亮逸 判事 上田孝造)

弁護人近藤亮太の控訴趣意

第一原審判決には理由不備若くは理由齟齬の違法がある。原審は本件犯行が被告人の単独行為ではないのに拘らず刑法第六十条等の共犯規定の適用を遺脱しているのみならず、判示(一)の勅令違反行為(不法出国)を認定するには判示適用の一九四七年四月十四日付覚書第一六〇九号を援用するだけでは足らない。何となれば判示摘示の口の島中の島が右覚書にいう「海外」に該当するか否かは一九四六年一月二十九日付「若干の外廓地域を政治上、行政上、日本から分離することに関する覚書」を援用挙示しなければならないからであつて之を欠く原審判示には論理釈然としない瑕疵がある。

第二、原審判決には、判決に影響を及ぼす訴訟手続の違反がある。

(イ)原審は判示(ニ)の関税法違反行為に付いては税関長の告発を以て訴訟要件とし之を欠くとは公訴棄却を免れないものであるに拘らず原審記録を看ても右告発状の存在は認められないのであるから結局原審判決は違法の訴訟手続に基いて為されているというの外はない(団藤教授新刑事訴訟法網要改訂版百十頁御参照)。

(ロ)更らに原審は右判示(ニ)事実中銅屑、真鍮屑の密輸入品の総数額並其の存在については「犯則物件鑑定書」等を説示するが右鑑定書には「迫間政次外四名の関税法違反嫌疑事件に係わる差押物件について鑑定した結果は次の通りである」と冐頭附記しあり且其の日付は昭和二十五年十月十一日である。ところが右迫間と被告人とはどういう関係にあるのか記録を全部検討しても判断するに由なく亦判示説示の差押目録の作成日時は同年十月十七日及同月二十八日であつて前記鑑定書の意味する日付との間には内容に於てくいちがいがあり而も何人の関税違反行為の差押なりやは右差押目録では不明であるから前記各証拠を彼此補強乃至流用し以て判示事実の認定資料にすることは不可能である。右の瑕疵が存する以上は右判示(ニ)関税逋脱の罪体を構成する判示認定の長島港に於ける陸揚密輸貨物の数額並其の存在と逋脱税額については被告人の自白以外に補強証拠たる傍証がないことに帰するから明らかに採証法則に違法がある。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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